青空文庫からいろいろ

通勤中はいつも青空文庫から興味のあるものを選んで読んでいるんだけど、最近読んだのはゴーゴリ魯迅イプセン

ゴーゴリは鼻に興味があったんだけど、鼻が人間みたいに行動する他は基本的に役人批判が主題のようだ。
狂人日記のほうは人が徐々に狂っていく様子が書かれていて今ならサイコスリラーに分類される作品だな。

で、狂人日記つながりで魯迅青空文庫にある分は全部読んでみた。魯迅狂人日記は既に回復している人が以前書いた日記を読むという形式なので徐々に狂っていくわけではないんだけど、最後まで読んでも回復するようには見えなかった。ゴーゴリのほうはステレオタイプな狂人なのにたいして、こっちは文章にリアルに現れていて怖い。
阿Q正伝は映画のほうがメッセージ性が強くて面白かった。原作だとプライドが高いけどちょっと鈍い人の一生にすぎないから。

イプセンの人形の家は脚本なのでちょっと読みにくい。なるほどこれは劇で見れば面白そうだ。

魯迅は中国語が論理的でないと感じていたようで、彼にとっては性や格があるような言語のほうが論理的らしい。日本人にも日本語より中国語や英語のほうが論理的だと言っている人がいるけど、私が思うに言語に論理的なものとそうでないものがあるのではなく、その言語の普段使われる形式が論理的かどうかということではないかと思う。日本語だって論理的に書けるんだから。逆に言うと、論理的だと言われている言語がもしそうとしか書けないのだとしたら、それはその言語の表現力が乏しいってことだよな。日本語が美しいとか言っている人も語彙や言い回しの多さを理由にしてたりするから、たぶんそういうことなんだろう。
もっと極端に言えば何でもありは論理的じゃないってことだ。たぶんいろんな書き方が許されているRubyよりも規約の厳しいJavaのほうが論理的ってことだろう。これはそれらの言語でプログラミングしているときの直感にも合致する。関数型なんてもっと論理的だし、論理型言語に関しては言うまでもない。
逆に何でもありだからこそRubyはエレガントだと言われている理由かもしれない。
プログラミングの楽しさも同じような理屈で説明できるかもしれないな。


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